疑問
東の国、慶国に冬が訪れようとしていた。
泰や芳に比べて比較的暖かいと言っても、やはり気温は下がる。
この凌雲山の上にある、金波宮のも少しずつではあるが冷たい風が吹きつけ始めた。
「ねぇ、陽子。最近桓タイの様子おかしくない?」
昼の政務の時間。祥瓊は、机の上の書類に臥せる様にして仕事をしていた陽子に唐突に言った。
陽子はその言葉に机から顔を上げ、隣で書類の整理をしていた祥瓊の顔を見る。
「おかしいって、なにが?」
「いや、なんか最近そわそわしてると思ったら急にボーっとしたり」
祥瓊のその言葉にしばらく陽子は思考を巡らす。
「そうか?」
「そうなのよ。そう、それはまるで・・・・」
「まるで?」
「恋した乙女のように!」
祥瓊の言葉に陽子がぴたりと固まる。かと思うと急に吹き出した。
「あはは、ありえない!」
「え、でも、もしかしたら・・・!」
腹を抱えて笑う陽子に祥瓊は手に持った紙の束を握り締めて熱弁する。
「だってさ、ホントにそんな感じなのよ!私の女の勘がそういうの!」
「お、女の勘〜?」
陽子は涙目になりながらいまだに笑っている。
「絶対違うと思うよ」
「いや、絶対そうよ!」
祥瓊は断固として力説する。
「だからさっきからそれが気になって仕事が進んでないのか?」
そう言われて、祥瓊は手に持った紙束を見てため息をついた。
「気になるのよ。そこそこの付き合いなんだから話してくれとも良いと思うの」
「そんなに気になるんなら、訊きに行けば?」
「ん〜」
陽子の言葉に、祥瓊は眉根を寄せて考え込む。が数秒後、意を決したように紙束を机の上に積むと、ずんずんと部屋を出ていった。
「直接訊いてくるわ!」
と言いながら。
先程まで真上に上っていたお天道様が少し西に傾き始めた頃、城の廊下で桓タイは見事に祥瓊に捕まっていた。
「訊きたいことがあるの!」
祥瓊は真直ぐ桓タイを見詰め、すごい気迫で問う。
「なんだ?」
桓タイは少したじろぎながら言う。
「桓タイの恋の相手は誰?」
「・・・・・・・」
長い沈黙。の後、
「はぁ?」
桓タイの恐ろしく情けない声が漏れる。
「だからあなたの思い人は誰だか教えて欲しいの。私少しくらいなら相談に乗れると思うし」
「あのなぁ、さっぱり話が見えないんだが」
額を抑えながら呟く男。
その様子を見て、祥瓊は拍子が抜けたような顔になる。
「・・・・恋煩いじゃないの?最近様子が変なのは?」
「あぁ、そのことか・・・・」
桓タイはやっと話を理解したように頷いたかと思うと、長いため息と共に眉間に皺を寄せる。
「まぁ、あんまり気にするな」
「気になるわ!」
断固として引き下がる気の無い祥瓊を見ながら再び桓タイはため息をつく。
「そんなに気になるのか?」
「えぇ」
真剣な眼差しで返事をする祥瓊に桓タイがついに折れる。
「笑うなよ」
「笑わないわ!」
「そろそろ冬眠する時期だからだ」
一瞬、祥瓊の思考回路が停止する。
言葉を数度頭の中で反復させる。
冬眠―――彼は確かにそう言ったのだ。
「冬眠?」
「そうだ。あれだ、半獣の性と言うか、本能と言うか。冬が近くなるとどうも眠気に襲われたり、冬支度をしたくなるんだ」
手で顔を隠して、恥ずかしそうに語る桓タイ。
ふとその桓タイと目が合う。
「あ!やっぱり笑ってるじゃねーか!」
「え?」
そう言われて始めて祥瓊は自分の口元が緩んでいることに気が付いた。
慌てて口元を手で隠すが、既に笑みは顔全体に広がっていた。
「あっ、ごめんなさい」
「だから嫌だったんだ!」
顔を赤らめて背を向ける桓タイについに耐え切れなくなったように祥瓊は笑いながら言う。
「良いじゃない、可愛くて」
「良くない!」
桓タイの叫び声と祥瓊の笑い声が響いた。
その後、桓タイは無事に冬眠せずにその冬を越したと言う。
終
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