最近、どうも主上の仕事の速度が格段に落ちていた。
まぁ、確かに隣国の王の影響もあったのだろうが、それにしてもどうも呆けて居ることが多かったように思われる。
しかし、今日の主上は違っていた。
感覚
目の前で仕事をこなす赤髪の女王、この方が私のお仕えする王である。
胎果でいて、この世界の理を何も知らない無知な方だった。
しかし主上が登極し、幾年が流れ、主上は変わった。ようやく王らしくなったと安心していたこの頃、どうも仕事の腕が止まりがちになっていた。
しかし、今は次々と仕事をこなしていく主上がいた。
「あの主上…?」
「なんだ」
声を掛ければ書面から顔も上げずに返事をする。
「何かございましたか?」
思い切って聞いてみると、今回は書面から顔を上げる。
「えへ〜♪」
その緩んだ主上の顔から嫌な予感。
「実は明日、楽俊が来るんだ!」
主上は最近見せることが少なくなった満面の笑みで答えた。
何と無く胸の辺りが重くなった。
主上の命の恩人であり、無二の親友である楽俊殿が訪れる前日は、毎回主上はこの状態である。
とても嬉しそうに微笑みながら仕事をこなす。
その姿を見て私の胸は何故か重い。
その理由がなんであり、原因が何にあるのかはわからないが、いつも何故かこの笑顔を見ると胸の辺りが重くなった。
「でさ、景麒はどれがイイと思う?」
私は突然話を振られ、そこで初めて自分が呆けて居たことに気が付いた。
私が慌てていると、主上は一つ溜め息を付いた。
「聞いてなかったのか?楽俊を引き留める方法だよ。なんか私に気を使ってか、いつも早々に帰っちゃうからなぁ」
主上は机に頬杖を付き、再び溜め息を漏らす。
「もっと長くいたいのに・・・・」
主上の本音に、今まで以上に胸が重くなり、自覚しないうちに言葉を吐いていた。
「私がいます」
流石の主上でもこの言葉には動きを止め、驚いた様子で此方を見詰める。
その言葉を自覚して一瞬自分の顔が火照るのを感じた。
「あ、あの・・・・」
口の中で言葉が迷っていると、主上が優しい笑みを作る。私に向けられた優しい笑み。
「わかっているよ」
今度は胸が熱くなる。今まで生きてきて始めての感覚だった。
「さっ、仕事仕事!」
楽しそうに主上は再び書面へと勤しむ。
と、急にまた主上が顔を上げる。
「やっぱり、巨大ネズミ取りがイイかな・・・・」
小さな主上の呟きは、しっかりと私の耳にも入ってきた。
そしてその時、楽俊殿に憐れみを覚えたのは、麒麟の気質ばかりが理由ではないと思った。
後日、楽俊殿は無事ネズミ取りに捕まることなく帰られました。
終
|