【陸遜の場合】
嘘。
虚言。
空言。
この痛みを埋めるなら幾らだって吐き捨てる。
ウソ。
「会いたくないの?」
単純明快な質問が吐き出された。
少し前のことだ。
「いえ、別に」
淀みも、間も、震えもなく、当然のことのように滑り出た答え。
質問者は不服そうな顔で、そう、とだけ返してきた。
そのまま質問を投げかけてきた者、尚香は何の気配もなく、仕事をする陸遜を残し部屋を出ていった。
陸遜が次に書面から顔を上げたとき既に彼女の姿はなかった。
小さくため息を吐き、陸遜は筆を置いた。
『会いたくないの?』
もう一度その質問を反復してみる。
誰に、などすでに聞かずとも分かる。
想い人。
愛しい人。
思いを告げた人。
愛してると言ってくれた人。
久しく会っていない想い人の顔を思い浮かべる。
けれど、やはり答えは先ほどと変わらない。
それが偽りだと言うことは、自覚している。
けれど、偽りの仮面を剥いだ下にいる自分を見るのは恐ろしかった。
だから、あえて偽りを事実とする。
「趙雲殿…」
口に出してみて、意外にも鋭く胸が痛み、陸遜は苦笑した。
幾らだって吐き捨てる。
痛みをごまかし、自分を偽る。
この嘘が剥がれるのは、唯一あなたに会ったときなのだ。
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