風が吹く。
 声がする。

 引きつりそうになる頬を必死で押さえ、いつものように笑みを作り、振り返る。



   フェイク



「陸遜殿!」

 名を呼ばれた。
 最近この声に良く呼ばれていると思う。

 最初は、愛想笑いも苦痛ではなかった。

 けれど、今では引きつってしまう。
 拒絶しそうになる。
 それでも必死に抑えるのだ。

「・・・どうかしましたか?趙将軍」
 振り向いた先、少し上の目線に合わせるように陸遜は少し首を傾ける。
「いや、姿が見えたので思わず」
 同盟国将軍がこぼれだすのは満面の笑み。

 ふと、陸遜の腹に沸き起こる感情。

「すみません、ちょっと忙しいので」
 確かに仕事中ではあるが、別段急ぐ必要もない。
 けれど、この人物を相手にするのは避けたかったのだ。

 いい加減、この偽の笑みも崩れそうになる。

「そうですか・・・」
 明らかな落胆の表情を見せる趙雲。

 あぁ、苛々する。

「はい、すみません」
 さっさと帰りたくて、そう言って一礼する。


 正直計りかねる。
 この男は何がしたいのか。
 何が目的なのか。

 初めて会ってからというもの、この男は頻繁に声をかけてくる。

 全くといっていいほど、見当がつかない。
 その腹のものを見透かしてやろうとしても、まるで空を切る。


「いや、気にしないでください」
 顔を上げれば、困ったような笑顔があった。

 腹の底で湧きあがる黒い感情と、喉に詰まる息に思わず笑みを失った。

「陸遜殿?」
 名を呼ばれはっとする。
 自然に力の入っていた眉根に気付き、慌てて陸遜はそれを解いた。
「あ、すみません!」
 疲れているもので、そううそぶいてまた偽の笑みを乗せる。

 次の瞬間、視界が翳った。
 呆けた陸遜が現状を把握する間に、その額へと伸ばされていた趙雲の掌はそっと離れていった。

「熱はなさそうですね」
 そう言って安心したように笑い、けれど気をつけてくださいね、と肩を叩かれた。
「仕事もほどほどに。では」
 呆けたまま反応を返せずにいる陸遜をよそに趙雲はなんともすがすがしい笑みを乗せて陸遜に背を向け、遠ざかっていった。
 しばらく、陸遜は呆然とその様子を見送った後、そっと自分の額に手を当てる。

 熱などない。
 ないはずなのに、酷く額が熱を帯びている。

「・・・本当に嫌な人だ・・・」
 目を瞑り、笑みを消し、苦々しく吐き出す。

 この戦乱の時代にあって、真直ぐでよどみのないあの瞳、あの笑顔。
 全てが思い知らせるのだ。

「私は真っ黒だ・・・」

 呟けば情けなさに笑いすら起こる。

 黒くて、卑怯な自分が感じる感情が、怒りであると、信じたかった。
 けれど、違うことなど明白で。

 その感情は、羨望と嫉妬の狭間。
 何故あのように淀みなく、自分が侭に生きられるのか。

「いっそ憎めたら幾分楽だったか」
 呟いて、笑みがこぼれた。
 苦笑に近いそれは、久方ぶりに表へと出る感情だった。


 腹の底、変化を始める感情に、彼自身まだ気付いていない。



                                                   END



+++++++++++++++++++++

最近、自分が理想とする趙雲のキャラが分かりません・・・orz
なので、今回は白い趙雲を目指してみました!
白くない、か・・・?
ちなみに趙雲が白けりゃ、陸遜は黒でしょ。
ということで、少し黒めで。
黒陸は大好きだvv


≫掲載日:2007年4月2日