正午過ぎ。陸遜は意外な人物に声をかけられた。



   昼下がり



「おい」

 急な後方からの声。
 陸遜の鼓動が驚きで凍りついた。
 慌てて振り向けば、正に意外な人物。

「馬超殿」

 槍を担ぐ一人の男。金の龍を模した冑をかぶったこの男を陸遜は得意としない。
 なんというか、読めない、分からない、その上怖い、のだ。

「趙雲でも探しに来たのか?」
 馬超の率直な言葉に図星を突かれ、陸遜は困ったような笑みを浮かべる。

 ここは呉の陣内に設けられた、同盟国、蜀の鍛錬場。
 立て込んでいた仕事が終わり、急にできた空き時間に陸遜は迷わずここを訪れた。

 目的は、まさにその通り、だ。

「あいつは向こうだ」
 そう言って馬超は自分の後方を指差す。
 陸遜はその指の先を目で追う。そこには一本の木。

「木?」
「あそこの木の裏にいる」
 そう言って馬超は笑みを浮かべる。どこか含みのある笑み。
「面白いものが見られる」
「面白いもの?」
 聞き返してみるが馬超はそのまま何も言わず去っていった。
 本当に訳が分からない。

 仕方なく陸遜も馬超に背を向け、示された木の方へと向かった。




 木は近付いてみれば遠くで見るよりはるかに大きく、高さもあった。
 天に広がった緑の葉の隙間から白い光が零れ、ちらちらと光る。
 木に近付き幹に触る。ざらりとした感触の表面を撫でながら木の後ろ側へと回っていく。

 馬超の言う通り、陸遜の探していた人物は幹に寄りかかり、そこに腰を下ろしていた。


「あ」


 俯いた顔を覗き込んで、陸遜は思わず声を上げた。

 愛用の槍を傍らに投げ出し、地面に腰を下ろしている人物の胸は規則正しく上下に動き、瞼はしっかりと閉じられていた。
「趙雲殿」
 小さな声で呼びかけてみるが、全く反応が無かった。
「寝てるんですか?」
 陸遜の言葉にやはり反応は無い。

 陸遜はじっと趙雲の顔を見つめる。
 普段は見ることの無い無防備な表情を、陸遜はまじまじと見入る。

 馬超の言葉に合点がいった。
 まさに『面白いもの』。

 次第に陸遜と趙雲の顔が近付く。
 この機会を逃したらこんなことは多分一生できない、そんなことを思う。
 好奇心、それが陸遜を突き動かす。

 いつも真面目に引き締まっている趙雲の口元が、少し緩んでいることが妙におかしくて笑えた。

 のどの奥に笑いを隠し、そっと垂れた黒髪に手を伸ばす。
 自分のとは違い、闇夜の漆黒を思い起こさせるその黒。長いそれは彼が槍を振るうと共に風に舞う。

 陸遜はその姿が特に好きだった。
 『鬼神のごとき』、誰かが戦場の彼をそう評していたのを聞いたことがある。
 陸遜も何度か遠めではあるが戦場でその姿を見たことがある。

 確かに、次々と敵をなぎ倒す様は鬼。
 その強さに慄いた事も確かだ。

 しかし、それ以上にその動きに、瞳に、声に、魅了された。

 触れれば自分など塵のように払われるかもしれない。
 それでも、近付きたい、触りたい、あの瞳に映りたい、そう感じたのだ。


 陸遜は一房取り上げた漆黒の髪を口元に寄せる。
 土と汗、そして趙雲のにおいにしばし目を閉じた。

 すぅっとひとつ大きく息を吸い込んで、陸遜はゆっくり瞼を持ち上げた。
 寝ているならそのままに、と帰る心積もりで。



 しかし、目を開いた先、漆黒でそれでいて温かい色を帯びた瞳に陸遜の思考は停止した。


 陸遜の視線は確かに相手の視線を捕らえていた。



「お、はようございます」



 陸遜はどうにかそれだけを呟いた。

「おはよう」
 穏やかに趙雲が返事を返す。
「それで、それは?」
 言われて陸遜はやっと自分がしていたことを思い出した。

 指に取ったままだった趙雲の髪が緩まった陸遜の腕から滑り落ちる。

 明らかに自分の顔に熱が上っていくのが分かる。
 ジンジンと耳が熱い。

「す、すみませんっ!!」
 慌てて手を引き、体を離そうとする陸遜を趙雲の腕が捉えた。
「わ、あっ!」
 腰に回された趙雲の手に力任せに引き寄せられ、陸遜は結局趙雲の腕に中に納まった。

 先程までの恥ずかしさと、今のこの状況に対しての恥ずかしさで、陸遜は軽く混乱した。
 どう対応すべきかと考えていたところ、ふと抱き込まれた頭に温かさを感じる。

「趙雲殿・・・?」
 なにを、と聞いてみると嬉しそうな声が降ってきた。
「陸遜がいじらしいことをするから」
 そして、くつくつと笑われ、陸遜は改めて恥ずかしくなった。

 再び頭に落ちる温もりが、やっと口づけであることを理解して陸遜は更に顔を赤くした。

「起きていたんなら、言ってくださればいいのに」
「起きてなかった。髪を取られて起きたんだよ」
 陸遜の文句も趙雲に笑いながら返されてしまい、陸遜は小さくため息をついた。

「陸遜」
 耳元で名を呼ばれ、一つ大きく打つ鼓動。
「愛している」
 そう呟かれてしまえば、体に力すら入らずそのまま体を趙雲の胸に預ける。
「・・・卑怯です」

 そんな耳元で。
 そんな熱っぽい声で。
 そんな優しい腕で。

 あなたは私を捉えるのだ。

 触れたいと思った。
 話したいと思った。
 愛して欲しい、そう思った。

 全ては自分から願ったこと。
 それなのに全てはもう自分ではどうにも出来ない。

「陸遜」
 再び名を呼ばれ、ぽすぽすと頭を撫でるように軽く叩かれた。
 それがどうしようもなく心地よく目を細める。


 昼下がり、ちらちら揺れる木漏れ日の中で、なんだか嬉しそうな趙雲の顔。

 鬼神のような顔に、瞳に惚れた。
 けれど、今はこの顔の方がよほど好きかも知れぬと陸遜はひとりひっそりと微笑んだ。






                                         End



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加筆修正しました。

・・・っていうかあまりにも違いすぎて違う作品になりましたorz
ラブラブ度あーぷ☆ってなわけで砂吐くほどだよ!
多分管理人が頭悪いせいだと思われます。
糖分に飢えてたんです・・・きっと・・・

≫加筆修正:2007年3月7日