変わらないものはない。
そんな言葉を聞いたことがある。
聞いたのは自分がまだ今の自分ではなかった時。
そのときはそんな言葉気にもしなかった。
でも、その言葉の意味は、あの時より大人になった自分に重くのしかかる。
くるくる
肌を叩く心地よい水の刺激に、ツナは大きく息をついた。
聞こえてくるのは無数の水滴がタイルを激しく音だけ。
シャワーの注ぎ口から流れ出す、少し熱めのお湯に頭を突っ込み短い髪をかき回した。じんわりとお湯が染み込む感覚が気持ちよく、しばらく目を瞑りその感覚を味わう。
ふと目の前に広がった暗闇にあの光景が広がった。
暗闇に浮かぶ男の顔。よく見知ったその顔が恐怖で歪む。
その先を見たくなくてツナは慌てて目を開いた。まぶたを伝っていたお湯が目に入り、手探りで蛇口をひねる。
狭苦しい浴室に響いていたシャワーの音が消え、嫌な静けさがその場を満たした。
「・・・なにやってんだ」
呟いた言葉が反響して思った以上に大きな音となり自分の耳に届いた。
それが余計気分を沈め、ツナはそのまま浴室を出た。
体を拭く途中、鏡に映った自分の顔が目に入り苦笑する。なんと情けに顔をしているのだろうか。
下着とズボンをはき、首にタオルをかけて自分の映った鏡に背を向けた。
体が妙にだるく、出来ればすぐに寝てしまいたい、そんなことを考えながら扉を開ければ、奇妙な声と共に扉が開かなくなった。
「あ、ごめん」
半分ほど開いた扉から見えた顔。額をさすっているその姿は紛れもなくツナの部下である獄寺だった。
「大丈夫?」
「あ、はい、大丈夫っス!」
結構勢いよく当たっていたので、心配して声をかけると獄寺はいつものように笑って手を振る。
「もしかしてずっとここにいたの?」
自分がシャワーを浴びている間ここで待っていたのだろう、尋ねられた獄寺の目線が泳ぐのが分かった。
「心配しすぎ」
そう言ってツナは笑って見せたが、獄寺は心配そうな表情を消さない。
「あ〜、俺眠いやぁ」
そんな表情で見られてしまうとどうにも居心地が悪く、笑いながらそう言ってツナは獄寺の隣を抜け、部屋に中央に置かれたソファへとうつ伏せに倒れこみ身を沈めた。
どこかの高級品だというソファはとてもやわらかく、心地よかった。
こんなものが部屋にあるとは、自分の生活も変わったものだ。
そんなことを考えて、ツナはまた苦笑した。
何もかもが変わった。
住む場所、身分、回りの人間との関係、全てが10年前ある赤ん坊の登場で変わってしまったのだ。
平凡な生活だった毎日が一転し、色々な人物と出会い、色々な事件に巻き込まれ、結局こんな世界に落ち着いてしまった。
「十代目?」
かけられた声に顔を上げれば獄寺の顔が見えた。
彼もまた変わった。昔に比べれば落ち着きが生まれ、切れることも少なくなった。もちろん、外見も大人の風格というようなものが備わったように思う。
それは獄寺だけではなく、他の者たちにも言えることだ。
全てが十年前とは違う。そして今も変わり続けている。
そして、それはツナ自身も例外ではないのだ。
「あのさ、獄寺君って昔の俺見て惚れたんだよね?」
唐突にそんなことを切り出せば、獄寺が驚いたのか口をパクパクさせる。
そんな彼を見ながら、答えを待っていると獄寺が小さな声ではいと答えるのが聞こえた。
予想通りの答えにツナは更に疑問をぶつける。
「じゃさ、今の俺と昔の俺、どっちがイイ?」
「はぁ?」
声を漏らす獄寺の顔があまりにも情けなく、ツナは思わず笑ってしまう。
そんなツナを不審そうに見ながら獄寺は答える。
「十代目は十代目です」
言うと思った。
「でも、俺変わっただろ?外見は、あんまりだけど、なんていうか昔みたいに俺、素直じゃなかったりするし、嘘吐くの上手くなったし・・・・・・人も、殺せるようになったし」
そうだ、もう人だって何回殺したか分からない。今日だって手にかけてきたのだ。
「十代目・・・」
「今、昔の俺が現れたら、獄寺君はきっと―――」
「十代目っ」
強く自分の名前を呼ばれ、思わず俺は口を閉じた。体を起こし、座りなおして獄寺君の顔を見る。
「なんて情けない顔してるんだよ」
思わず笑みがこぼれる。
目の前に立つ長身の青年。いつもなら眉間にしわを寄せたカッコいい顔なのに、今はなんだか情けない。
それが自分だけのものかと思うと、少し優越感を覚えてしまう。
「ごめん、意地悪なこと言った」
そして両手を挙げてみせる。この話は終わり、という合図だ。
俺はソファから立ち上がり、首にかけていたタオルでガシガシと頭を拭いた。
「十代目」
「ん?」
獄寺君に背を向けたまま、俺は軽く返事をする。
振り返れなかったのは今の俺の心境が返事ほど軽いものではなかったから。
「こっち、向いてください」
そう要求されれば仕方がない。
振り向いて、微笑む。昔よりは偽の笑顔も上手くなった。ただ、本当の笑顔が分からなくなったが。
だが、その笑顔は一瞬のうちに消されてしまった。
彼の唇が、俺のそれを奪う。
腰に回された手が俺の体を引き寄せ、体が密着する。
一瞬、息が出来なくなった。
唇を深く重ね、唇を一つ舐めると、それはゆっくりと離れていった。
「・・・どうしたの?」
そのままぎゅっと抱きしめられ、獄寺君の表情をうかがうことは出来ない。
「十代目は変わりました」
ポツリと呟かれた言葉に微かな痛みが胸を過ぎる。
「十代目が変わりすぎてたまに怖くなります」
自分でもたまに怖くなる。だから反応する気にもなれず、とつとつと続ける彼の話に耳を傾けた。
「俺はあのころと変わらないでいるのに、十代目は日に日にボスらしくなっていってしまう。それが、俺から離れていくようで、寂しかったです」
「・・・・・・・・」
「でも、一度だって昔の十代目のほうがイイなんて思ったことはないです」
少し体を離し、覗き込んでくる獄寺君の顔はとても真剣なものだった。
「俺は昔の十代目より、今の十代目のほうが好きです。俺は確かに昔の、出会ったころの十代目に惚れました。今でも好きです。でも、今の十代目が俺にとって一番好きな十代目なんです。昔とは違う十代目が今の俺の十代目なんです。だから、だから今の自分を否定なさるようなことを言わないでください」
そこまで言って獄寺君は口を閉じた。
「ん、ありがとう」
久しぶりに素直な感情が口から零れ出た。
自然に口元が緩む。あぁ、これが笑うということだ。
「すみません、俺訳わかんないこと言って」
そう言って慌てて離れようとする獄寺君に抱きつき、それを阻止した。
「じ、十代目?」
抱きつくというたったこれだけの行動で慌てふためく様子は、昔と変わらない。
それがおかしくて、笑ってしまう。確かに君はあまり変わっていないのかもしれない。
「獄寺君、今日一緒に寝ようか?」
唐突な俺の提案に反応して獄寺君の体がピクリとこわばるのが分かった。
「嫌ならいいけど」
「嫌じゃないっス!!」
離れようとする俺を今度は逆に獄寺君が捕らえ、そのまま唇を奪われた。
「んっ・・・」
先ほどとは比べ物にならならぐらい長いキスに思わず声が漏れる。
唇が離れ、今度は首筋を唇が撫でるように降りていく。
「獄寺君」
「はい、十代目」
「これからもっと俺が変わっていっても、傍にいてくれる?」
「勿論です。離れろと言われても離れません」
力強く告げられた言葉は何の根拠もなくて、それでもその言葉に思わず泣きそうになった。
何もかも、変わっていく。
くるくる、くるくる、変わっていく。
不変なものなんて何にもなくて、常に回りは変化し続ける。
その中で自分だって変わり続ける。
それでも、君が傍にいてくれれば、君が教えてくれさえすれば、俺が俺でなくなることはないんだ。
END
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