メーデー、メーデー

聞こえていますか?

助けてください。
助けてください。

メーデー、メーデー


俺の声は届いてますか?

君がいないと生きていけないんだ。



   M’aider



 窓から見えるのは燃えるような空。
 一際大きくなった太陽がその姿を揺らめかせながら西の空へと落ちていく。

 また今日という一日が終わるのだ。

「失礼します」
 そんな声が背後から聞こえた。
 ノックはなかった。もしかしたら俺が気づかなかっただけかもしれない。

「十代目」
 声をかけられているのは分かっているけど、振り向きたくはなかった。
 別に怒っているわけじゃない。ただ、怖かった。

「あの、十代目」
 聴きなれた心地よい声。
 声を聞いただけなのに泣きたくなった。
 それでも涙が流れないのは、幾分か自分が大人になった証拠なのだろうか。

「只今帰りました」
「・・・うん、そうみたいだ」
 その言葉にやっと言葉が返せた。
 それからゆっくりと後ろを振り向いて、その人物を確認した。

 すらっと伸びた長い足に腕、銀色の髪、そして俺を見つめる二つの瞳。
 そこで俺はやっと安心できた。

「おかえり、獄寺君」
 いつものように笑って迎えられただろうか。
 今の俺には「いつもの」笑みを作れる自信がなかった。

 それでも、獄寺君が困ったような顔をしながらも微笑んだから、上手くいったと思った。
 そんな獄寺君の笑顔は消えて、すぐまた悲痛な面持ちへと変わった。

「すみませんでした」
 謝る彼に、俺は笑みを消した。
 そして無言で彼へと歩み寄る。彼までの距離はあと三歩。
 ここまで来て初めて分かる。彼の着る黒のスーツが汚れていることに。

「なんで、謝るの?」
「いや、その・・・」
 無表情のまま見つめていると、気まずそう獄寺君は視線を外した。
「黙って仕事に行ってしまって・・・」
 その言葉を聞いて、別に獄寺君が悪いわけじゃない、と俺の中の冷静な部分がそう呟いた。
 でも、俺を形成する大部分はそんな冷静じゃない。

「何だ、分かってんじゃん」
 言った言葉が思った以上に皮肉に聞こえて自分でも驚いたけど、もうどうでもいいかと思ってしまった。
「十代―――」
 彼が何かを言う前に、三歩の距離を一気に縮めて、ネクタイをつかんで彼の顔を引き寄せた。
 ほんの数センチまで迫った顔。彼の体からは火薬の臭いがしていた。

「六日だ!」
 さっきまでの恐怖、不安が一気に彼への怒りへと変わっていくのがわかった。
 いつも以上に怒りを含んだ声に、彼も自分も驚いた。
 でも、一度口をついて出た言葉はもう止まらない。

「君が仕事に出て、音信不通になって六日。俺がどんな思いでその六日間を過ごしてたと思うんだよ!」
 こんなのはただの八つ当たりじゃないか。本当なら仕事で帰ってきた彼に、ボスとして労いの言葉や優しい言葉をかけてあげなきゃいけないのは分かる。
 でも、そんなの無理だ。

「どれだけ!どれだけ、俺が心配したと思ってるんだ!」

 そう言ったら、今度は涙が止まらなくなった。
 少しは大人になったなんて嘘だ。
 次から次へと出てくる涙はやっぱりまだ俺が精神的に成長できてない証。

「リボーンは三日もあれば戻ってくるって言ってたのに、戻ってこないどころか連絡も付かなくなって、俺・・・」
 そこまで言ってネクタイを離した。もう頭の中がぐちゃぐちゃで何がなんだか分からなかった。

 足元がふらついた。
 一気にしゃべったせいか、彼の無事を確認して安心したせいか、それとも最近寝ていないせいか。

「十代目!」

 力が抜けた体は床に着く前に獄寺君によって抱きとめられた。
 上手く働かない頭、ただ獄寺くんの匂いがするのだけはわかった。

「十代目、大丈夫ですか!?」
 ぼうっとしながらただ獄寺君を見つめる俺を心配したのか、獄寺君は誰か呼んできますと言って俺を床に座らせ、部屋を出て行こうとした。
 だから、思わず袖をつかんだ。

「大丈夫だから」

 どこにも行かないで欲しかった。また帰ってこない気がしたから。
 どうにかして立ち上がって、獄寺君の首に手を回し、抱きついた。

「大丈夫だから、どこにも行かないで」
 また、涙が流れた。
「十代目・・・」
 耳元で聞こえる獄寺くんの声。それと共に背に回される腕にやっと本当に彼が帰ってきたのだと実感した。

「おかえり、おかえり」
 そう言うと背中に回った腕がよりいっそう俺を強く抱きしめた。
「すみませんでした、十代目・・・」
「ありがとう、獄寺君」

 帰ってきてくれてありがとう。
 君のいない日は暗闇で、いくら叫んでも君の声は返ってこなかった。
 ひとり彷徨っていた俺は今日やっと戻ってこれた。

「お願いだから、俺をひとりにしないで」
 二度とあんな不安や恐怖は嫌だ。
「すみません」
 獄寺君は謝るばかりだ。
 本当に謝らなきゃいけないのは俺なのに。

 少し体を離して君の顔を見る。
 ところどころ擦り傷があって、痛々しかった。
 思わず、そこに口を寄せて、傷を舐めた。
 頬、目の下、こめかみ、背伸びをして額、そして唇。

 最初は触れただけ、でもそれはどんどん深いキスへと変わっていった。
 お互いを確認するため。君が生きていることを、俺がここにいることを確かめるんだ。


メーデー、メーデー
俺の言葉は届いていた?

君がいないと世界は闇だ。
だからいつもそばにいて、俺が、君がここにいると教えて欲しいんだ。



                                                         END



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初めてかいた10年後の獄ツナ。
思いがけず、獄ツナっぽくなって驚きです(笑)
書いてる本人ノリノリでした。

≫2006年2月19日

*メーデー ・・・ モールス信号でのSOSと同じ意味。無線で使うそうです。

(ちなみに私は調べる前まで「応答してください」ぐらいの意味だと思ってました)