今日はいつにもまして強烈だったと思う。
自分でもこんな生活に慣れていたものだから、気を抜いていたのもあったのだ。
目の前で派手に倒れる獄寺君を見なが俺は自分の行いを悔いていた。
Nostalgic taste
「本当にごめん・・・」
かすかな声でそう呟く。聞こえないのは分かっている。何せ相手はうなされながら寝込んでいるのだから。
俺は小さくため息をついた。呆れていた、自分自身に。
自分のベッドの上で濡れタオルを額に乗せ寝ている獄寺君の顔色はすこぶる悪い。青を通り越して白くなってしまっている。
それはそのはずだ。彼は先程、実の姉である毒サソリの攻撃を顔面で食らってしまったのだ。
悪いのは彼でも、姉でも、まして追われていた十年後のランボでもなく、俺自身なのだ。
(あの時俺が避けられてればよかったんだ)
学校ではダメツナと呼ばれている。勉強も出来なければ、運動神経も切れていて、普段からぶつかったり、転んだり。
だからあの状況で俺が避けられるわけもなかったが、それでも自分が避けられれば獄寺君が変わりに犠牲になることもなかったとも思う。
(殺意こもってたもんなぁ)
あれは普段以上に殺意のこもったケーキだった。いつもより噴出していた煙が多かったように思えた。
「じゅ、だいめ・・・」
そんな今にも消え入りそうな声に、俺ははじかれたように顔を上げる。
うっすらと開かれた獄寺の瞳がこちらを見ていた。俺が考え込んでいたうちに目を覚ましたようだ。
「大丈夫?」
そんなわけないとも思いながら、尋ねてしまうのは人の性だろうか。
「だいじょぶっス」
弱々しく浮かべられた獄寺君の笑みに俺は胸が痛んだ。
「ごめん」
布団を握っていた獄寺君の手にそっと触れる。
「いや、十代目のせいじゃないですから」
そんな言葉を聞くと、余計罪悪感がのしかかる。そんな言い表せない謝意をこめるように俺は強く手を握った。
「久しぶりの味でしたよ」
「え」
突然の獄寺君の呟きに驚いたように見返すと、彼は困ったように笑みを浮かべて見せた。
「あんな味でも一瞬懐かしいとか思ってしまいました」
そう言う獄寺君の顔はなんだか嬉しそうで、思わず笑ってしまった。
「あ、でも、もう二度とごめんですよ!」
「うん、分かってるよ」
もう調子が戻ってきたのか、慌てて手を振る獄寺君に内心ほっとしていた。
「でもさ、いいな、そういう関係」
「え?」
俺の言葉に今度は獄寺君が驚いたように見返す。
「姉弟ってやっぱり繋がってるんだなって。俺は兄弟いないからわからないけど」
「そ、そうですか」
俺のそんな言葉に、獄寺君はちょっとわからないという風に首を傾げた。
「うん。懐かしいと思えるなんてやっぱりそうなんだよ。俺も、獄寺君の懐かしいになれたらいいなぁ、なんて」
「それは駄目です!」
冗談半分で告げた俺の言葉は勢いよく跳ね起きた獄寺君の言葉に遮られた。
急に飛び起きた獄寺君は一瞬頭を抱えてから、それでも小さな声でそれは駄目です、と繰り返した。
「大丈夫?」
「駄目です、嫌です」
そう声をかけた俺を獄寺君は引き寄せて、強く抱きしめた。
「な、なんで?」
獄寺君の肩越しにそう尋ねる。と、ゆっくりと体を離しお互い目が合う。
その顔はなんだかすごく情けない。
「懐かしいになるまで十代目と離れるなんて絶対に嫌です」
あぁ、そういうことか、やっと自分の中で納得がいった。
「そうだなぁ、俺も嫌かも」
そう言うと本当に嬉しそうに獄寺君が笑うから思わずつられて笑ってしまう。
「本当ですか!?嬉しいです、十代目!ずっとお傍に置いて下さい!」
勢いよく抱き付かれて、俺は危うく後ろに倒れそうになった。
確かに懐かしいと感じるまでには永い間はなれている必要があるのかもしれない。
(それは俺にも耐えられそうにないな)
そんなことを考えて微かに笑っていると獄寺君の顔が近づいてきた。
慌てて目を閉じれば、唇に感じる柔らかい感触。
(あぁ、きっと、獄寺君なんて一日も耐えられないんじゃないだろうか)
そんな予感が胸を過ぎった。
なんだかその日のキスは彼が言う“懐かしい味”がしたような気がした。
End
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