足が軽くて仕方がない。
単純明快。
むしろ、ここまでくると本当のバカなのだろうか?
はやる気持ちを抑え。
駆け出しそうな足を抑え。
手に掛けた扉の先、見つけたあなたに抱きつきたい衝動を抑える。
追伸
「十代目」
呼べば、机に突っ伏していた顔がはじかれたように持ち上がる。
目の下にはくっきりとクマ。顔色も悪く、きっと何日も寝ていないのだろう。
けれど、その疲れきったような顔が、目が合った瞬間ほころぶ。
言い表せないほどの嬉しさ。
誰にともつかぬ優越感。
「獄寺君」
今でも昔のままのその呼び名が自分にも自然に微笑をもたらした。
「只今戻りました、十代目」
十代目―――
この名を呼び続けてもう十年以上経つ。
昔とは随分変わった今。
けれど変わらないのは自分とあなたの関係。
右腕、以上の関係。
あなたは机から立ち上がると皺だらけのスーツで俺に近付いてくる。
昔と変わらないのは、この距離の縮む瞬間の妙な動悸もそうだ。
「おかえり」
その言葉と共に抱きつかれて、俺も衝動的に抱き返す。
インクの匂い、紙の匂いに混じってあなたのにおいがする。
ただそれだけで泣きそうになる。
これが幸せなのだ、と。
あなたの髪に鼻をうずめ、しばらくその香りに酔う。
「獄寺君・・・」
耳元で名前を呼ばれる。
けれど、おもわず次の行動に俺の思考は凍結した。
「じ、十代目・・・!?」
背中に回っていた彼の手が気づけば自分のスーツの中を無遠慮に動き回る。
(な、なんだ!?)
いつにも増して大胆な行動に心臓が口から飛び出しそうだ。
「じっとして」
そんな声で言われてしまえば、動きたくても動けない。
這う手に。
近くに感じる呼吸に。
理性が焼ききれそうだ。
「あった」
その言葉と共に離れていく熱。
わけも分からず、無意識に体がその熱を求めて追いそうになる。
しかし、そんな行動もあなたの手の中に納まるものに、停止した。
「十代目・・・?」
「これ貰うね」
満面の笑みに俺は理解する前に頷いていた。
その手に握られていたものは、相棒、といっても過言ではないほど馴染みのあるもの。
ダイナマイト。
あなたは嬉しそうにそれを手に窓へ寄る。
ただ俺はその行動をぽかんと眺めるのみだ。
「あの―――」
なにを?と問う前にあなたが投げたダイナマイトが派手な音を立てて煙を上げたのだ。
爆音と共に微かに建物自体が揺れた気がした。
煙が掻き消えた先には青。
透き通った高い青天を背に立つ姿に覚える感情は恋慕ではなく尊敬。
「ごめんね、獄寺君」
一瞬何を言われたのか分からなかった。
けれど、大きく口を開けた壁に吸い込まれるように消える姿に俺は手を伸ばす。
届く、はずもなく。
視界から消えたあなたを追って窓際へ駆け寄れば遥か下界、アスファルトを駆けて行くあなたの姿。
「じゅだ―――」
叫ぼうとして、降ってきた紙に手を止める。
見れば縦書きの懐かしい文字がそこにはあった。
意味なんて、瞬時に理解できた。
けれど、そのときにはもう遅かったのだ。
背後に感じる殺気。
不吉な機械音に、俺はゆっくりと振り向く。
「おい・・・」
低く、低く、今まで聞いたどの声より不機嫌そうだ。
帽子の影となって読めない表情。
けれど、結論など分かっている。
「獄寺ぁ・・・」
あぁ。
十代目、置いていかないでください。
次の瞬間、響くのはいつもの銃の音ではなく連続銃の音。
床には一枚の紙。
遥か東の国の言葉で、
――――旅に出ます。探さないでください。
追伸。
獄寺君も早く逃げてください。
綱吉――――
END
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