暗闇で君を見つけられないのと同じように、死んだらきっと君を見つけられないよ。





   認識する世界




 背中を壁に預け、肺に煙を吸い込む。その慣れ親しんだ味はもう美味しいのかどうかも分からない。
 背中越しに何かがぶつかる音がする。

 獄寺はその音に神経を集中させた。
 声が、聞こえる。今この部屋にいる二人の声。

 言っている内容は聞こえないが、大体は予想がつく。

 ため息混じりに吐き出した煙が空を漂う。


「勝手にしろ!」


 鋭い声と共に乱暴に獄寺の横にあった扉が開かれた。

「リボーンさん・・・」
 珍しく声を荒げる少年を見る。少年はすぐさま少し上がった息を整え帽子を深くかぶりなおした。

「とんだ腑抜けヤローだ」
 そう一言だけ呟き、廊下の先に消えていく。
 一瞬ではあったが、彼の感情をむき出しにした表情を見て、獄寺は少し驚いた。

(いつもは冷静な人なのに・・・)
 なんとなく人事感覚。実際は自らの主が関わる大切なことだ。

 開け放されたままの扉を軽く叩く。まだ中に残っていた人物に合図を送った。

 広々とした部屋。部屋の一番奥に置かれた大きな机の前に立っていた男がこちらを見て苦笑する。

「入ります、十代目」

 そう言って部屋に踏み入り、静かに扉を閉めた。
 また、この部屋に二人の人間が納まる。

「リボーンさん、怒ってましたよ」
「・・・うん」

 獄寺の言葉に小さな返事を返し、部屋の住人、綱吉は机の手前に置かれたソファに座り込んだ。
 ぎしと革が軋む。

「アイツの、話ですか?」
「うん・・・」

 アイツ、それで通じるぐらいアイツは今一番の問題だった。元ファミリーで今は裏切り者。

 我らがボス、十代目沢田綱吉の命を狙った者。

「あんなやつ―――」
「隼人!」

 言いかけた言葉が打ち消される。
 綱吉を見れば、いつもからは考えられないほどの鋭い視線で射られる。彼が獄寺を名前で呼ぶときは、彼がボスであるときの証。

 ぐっと自然に拳に力が入る。

「・・・ごめん、急に大きな声出して」
 そしてまた苦笑してみせる。声はいつもの穏やかなそれ。

「いえ、俺こそ出すぎた真似を」

「いいよ、別に。でも、きっと獄寺君もリボーンと同じこと言うんだろ?殺したほうが、いいって」

 寂しそうに、呟く程度の声だったけれど、二人きりのこの部屋では良く聞こえた。

「十代目の命を狙った輩です」
「うん、でも、殺したくない」

 そう言って微かに口元を緩ませる顔は、ボスのものではなく、一人の青年のもの。

「人が死ぬの、嫌なんだ」

 何を言えばいいか分からず、黙り込んだ。
 足元を見れば、なぜかガラスの灰皿が転がっている。多分、リボーンと綱吉が口論した際、落ちたのだろう。


「獄寺君」
 名を呼ばれて顔を上げれば、手招きされる。

 ゆっくりと近づいて目線を合わせるために床に膝を着いた。
 綱吉の茶色の瞳と、獄寺の灰色の瞳がかち合う。

「我侭言ってごめんね」
「いえ・・・」

 寂しそうに微笑まれては、何も言えない。

「最近、すごく怖いんだ」
「最近、ですか?」

 獄寺は綱吉の言葉に思わず問い返す。
 綱吉はいつでも人を殺すのをためらった。それは彼が優しいから。だから、最近という言葉が引っかかった。

「俺、人が死ぬの見るの嫌なんだ。最初はその人が可哀相で、しかもその運命を指示している自分が怖くて、嫌いで。だから見るの嫌だったんだ」

 そっと伸ばされた綱吉の手が獄寺のそれを捉える。
 あまりにも強く握るその手は、まるで縋り付いているかのような。

「十代目のせいじゃ・・・」
「うん、今はね、そう言うのに馴れたと思う。酷いやつだとは思うけど。でも、今度は違うことが怖くなった」

 そう言って、綱吉は獄寺の手を自分の両手で大事そうに包んでその指先に口付けを落とす。
 不謹慎だとは思いつつも、獄寺は自分の心臓が大きく一つ跳ねるのが分かった。

「死ぬのが怖くなった。自分が死ぬのが、周りの皆が死ぬのが、君が、死ぬのが怖くなった」

 伏せられた顔。表情は伺えない。
 それでも綱吉の話は続く。声は意外としっかりしたものだった。

「人ってさプツっと急に動かなくなるんだ。目が光を映さなくなって、肺から全ての空気が流れ出すように一つ大きなため息をつく。それで、おしまい」

 獄寺自身何度も目にした光景だった。

「それを見てて思った。人ってあっけないなぁって。もしかしたら、明日俺は階段から落ちて死ぬかもしれないし、君が車に轢かれて死ぬこともあるんだな、って。そしたら、怖くなった」

 そう言って顔を上げた綱吉は微かに笑っていた。

「だから、人が死ぬのを見たくない。だから、殺したくないんだ」

 そう真直ぐ見つめられて言われた。

「・・・あなたがそう言うのなら、俺はそれに従います、十代目」

 正直、自分だって綱吉に人を殺させたりはしたくない。

「うん、ありがとう。我侭言ってごめんね」

 満足そうに微笑んだ綱吉は獄寺の手を解放する。
 暖かかった手から熱が逃げ、少し寂しさを感じた。

「なんか、疲れた・・・」
 呟いた綱吉は前に倒れこむようにして、額を獄寺の肩に乗せる。

「それは、リボーンさんとけんかしたからでは?」
「多分そう・・・」

 肩に乗る重みを愛しく感じながら、獄寺は思わず軽口を叩いた。
 あの重い話題から少しでも早く離れるために。

「獄寺君」
「はい?」
「先に死なないでね」
「・・・はい。十代目を置いて死にません」

 死ぬものか、多分先に死んだらこの人は壊れてしまう。

「でも、十代目も先に死なないでくださいね」
「あは、それ同時に死ぬってこと?」
「そうですね。それがいい」
「でもさ、死んだらきっと真っ暗だよね?」
「そうなんですかね?」
「じゃ、見つけられないかも。獄寺君のこと」
「その時は呼び続けますから」

 多分あなたは暗いところが苦手だからうずくまっているかもしれないけれど、手探りだって探し出してみせる、なんだか妙な自信がある。

「十代目、俺はここにいますか?」
「うん?いるよ。どうしたの?」

 獄寺の突然の質問に、綱吉は額を離した。

「十代目が認識してくれる場所が俺にとっての世界ですよ」
「どういうこと?」
「もし、死んだとしても、あなたを見つけてあなたが触れてくれればそこが俺の世界になります」
「よくわかんない」

 あいまいな笑みを浮かべる綱吉の額に獄寺は口付けを落とす。
「どこに行ってもあなたを守るってことです」
 にかっと笑って言えば、あぁ、そういうこと、と納得したように綱吉が微笑む。
 今度は唇に口付けを落とし、そのまま体を抱きしめる。


 あなたがいれば、そこが俺の居場所です。



                                                 END



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 新年早々、重苦しくてスミマセン・・・orz
 十年後の大人の彼らを書こうとすると、肩肘張りすぎる感じです。
 次回はもっとライトに行きたいです(^_^;)

 でゎ、こんなところまで読んでいただきありがとうございます!
 感想等いただけたら嬉しいですvv

≫2007年1月6日