ケンカ、と言うにはあまりにも一方的過ぎて。
自分ばかりが腹を立て、避けている。
でも、自分から謝るなんて出来なくて。
今も胸のきしみを必死にこらえている。
譲れやしない
「なぁ、お前らケンカでもしてんの?」
その言葉に思わずギクリ。
口の中に入れたばかりのウィンナーが噛み砕く前にのどを通っていった。
どうにかその固まりを飲み下し、目の前の少年を見つめた。
学校の屋上、天高く馬肥ゆる秋、とはよく言ったもので、雲一つなく晴渡った空の下、ツナ、山本、獄寺の三人は昼食を取っていた。
ツナはお茶を一口飲むと、再び目の前の山本を見つめた。
「やっぱりな」
いつもの笑顔を浮かべる山本。
「ケンカって言うかなんて言うか…」
後が続かず、ツナは口ごもる。
自分が一方的に腹を立てているこの状況をケンカと言うのだろうか。
ため息をひとつ吐き、ツナは自分の後方でひとり昼食を取る獄寺の背中に視線を送る。
多分、丸々1日は口を利いていない。
これはなかなかの新記録だ。
原因は、まぁ、いつものごとく、獄寺の暴走。
ツナに突っかかってきた上級生を、ツナの制止も聞かず爆破した。
本当にいつもの状況で、それなのにいつもと違うのは許すきっかけが得られないこと。
たいてい、この状況に陥った時、獄寺の謝罪でいつもの仲に戻るのだが、今回は機会に恵まれない。
「はは、ま、ケンカするほど仲が良い、だろ?」
いつもの調子で山本は快活な笑顔でツナの肩を叩いた。
ツナはその言葉に沈んでいた気持ちが浮上するのが分かった。
単純だとは思いながらも、山本のこの明るさには助けられてばかりだ。
「早く仲直りしろよー」
そうだな、たまには自分から謝ろう。
ありがとう、そう礼を告げようと口を開きかけたツナの体が急に傾く。
肩に置かれた山本の手に引かれ、山本の顔が迫る。
「でないと」
いつも以上に近い山本の口元を彩るのは不敵な笑み。
一瞬、呆然と見入ってしまう。
「でないと、獄寺俺が貰うぜ」
……はぁ?
思考停止。数回瞬いて、見つめる相手は微笑んでいても瞳は笑っていない。
マジデスカ…?
思わずこぼれかけた疑問。
「ど−−」
どういう意味?問い掛けようとして急に山本の顔が遠ざかった。
いや、ツナ自身が遠ざかったのだ。
背後に感じる体温に思考が動き出す。
「てめぇ、十代目近付くなっ!」
一日ぶりのその声に微かに心揺れた。
「大丈夫ですか?!」
後ろから現れた顔は、本気で心配していたのか眉根に深い皺を刻んでいた。
友人相手に何をそんなに心配しているのかと、ふと疑問にも思ったがすぐに甦る先ほどの『ただの友人』とは思えぬ言葉に少し納得してその疑問は飲み込んだ。
「大丈夫だよ」
ツナがそう答えれば、獄寺の顔が安堵したように緩む。
しかし、それも一瞬で獄寺はすぐに顔を逸らしてしまった。
気まずさを感じているのはすぐ分かった。
ふと視界の端に映った山本と目が合った気がした。
なんとなく、焦燥感に駆られる。
獄寺の口が動くのが見えて、ツナはとっさに口を開いた。
「す…」
「ごめん」
相手の言葉をかき消すように、言葉を発する。
「昨日はごめん」
一度口にしてしまえば、昨日からのわだかまりが嘘のように謝罪の言葉が口から滑り出た。
「あ、い、いえっ!俺のほうこそ申し訳ありませんでした!」
一瞬呆けていた獄寺もツナの言葉を理解して勢い良く頭を下げた。というか、地面に頭をこすり付ける感じだが。
「いや、俺もなんだか意地になっちゃっててさ」
ほら、頭上げて、そう言って引き上げてみれば、獄寺のあまりの情けない顔に思わずツナは苦笑した。
「十代目ぇ〜」
「はいはい」
なだめるようにぽんぽんと頭を撫でれば、勢いよく飛びついてきた獄寺にツナは思わず倒れそうになった。
ぎりぎりのところで支え、一つため息。
「ホントに仲イイのなぁ〜」
獄寺の肩越しに見えるケラケラと笑う山本の顔はいつものもので、先程の妖しさなど一片も感じさせない爽やかさだ。
(聞き違い・・・)
そんな顔をツナは見ながらぼんやり考える。
(なわけないか。からかわれた、とか・・・)
そんなことを考えていると山本と視線が合い、またひとつニカリと笑われた。
ついさっきまで癒されていたその笑顔に、ツナは一抹の不安を覚え、獄寺の服の端を握り締めた。
(まさか、ね)
そう思いながらも目の前にいる敵とも味方ともつかぬ相手を見据えた。
「でも・・・渡せるもんか・・・」
口の中で呟くようなその微かな声はすぐ傍の獄寺の耳にも届かず、秋の空気に溶け込んでいった。
敵か、味方か。
それを測るにはもう少し時間が要りそうだ。
END
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