「これあげる」
満面の笑みで渡されたものは小さな布袋だった。
コウカテキメン
「はぁ」
手の平に落とされる紅の布袋とその送り主を交互に見る。
「なぁによ、その気の無い返事」
送り主である呉の姫、尚香は笑みを消して、頬を膨らませる。
「これはなんなんですか?」
「良くぞ聞いてくれましたっ」
趙雲の質問に尚香に顔がまた笑顔になる。
「実は、それおまじないの道具なの」
「・・・・・おまじない?」
趙雲は尚香の口から出た言葉を思わず反復する。
予想外の言葉だった。
「最近女の子の間ではやってるの。もちろん私も持ってるわ。すごい効くのよ、これが」
話す尚香は実に活き活きとしていた。
まさに恋する乙女の力だった。
「しかし、なぜそれを私に渡すんですか?」
袋は中には何が入っているのか、かさかさと乾いた手触りだった。
「私が知らないとでも思ってるの?趙雲」
尚香の口に浮かんだ笑みに趙雲は嫌な予感を覚える。
「な、なにがですか?」
「しらばくれても無駄よ。全部馬超から話は聞いたわ」
嫌な予感は的中。そこから先は言われなくても趙雲にはわかっている。
「大丈夫よ!私応援してるから」
実に嬉しそうに尚香は豪快に笑うと、何も言えずにいる趙雲の背中を勢いよく叩く。
力強い尚香に趙雲は一回むせる。
「そ、それでも私は要りません」
趙雲はそう言って袋を突き出す。
「えー」
「結構です!」
「最近陸遜に会ってないんじゃないの?」
図星。
思わず趙雲の言葉が詰まる。
「これってすごく効くのよ?いらないなら良いけど」
そう言って尚香が袋を掴む。
「・・・趙雲、放さないと返してもらえないんだけど」
「あ、いや・・・・・」
「最初から素直に貰っとけば良いでしょ」
呆れたように尚香は息を吐くと袋から手を離した。
「いい、その袋は真夜中、満月が天辺に昇った時に自分の部屋の軒下に吊るすんだからね」
そう言うと尚香は満面の笑みを浮かべる。
「ま、頑張って」
そう言う尚香の表情に趙雲はまた嫌な予感を覚える。
「じゃあ、ね♪」
そう言って尚香は駆けて行った。
しばらく趙雲は尚香の去っていく姿を眺めていたが、ふと掴んでいた紅の袋を見る。
「おまじない、ね」
趙雲の呟きが風に吹かれる。
丁度今晩は満月だった。
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